2007年第2回定例会7月5日の本会議に、日本共産党が「乳幼児医療費助成制度の創設を求める意見書」を提案し、自民党の一部と公明党、無党派ネットワークが反対しましたが、賛成多数で可決しました。
この意見書は、安心して子どもを産み育てられる施策を充実させるため、全国の自治体で取り組んでいる乳幼児医療費助成制度を、国の制度として取り組むように政府に求めたものです。
これに対し、無党派ネットワークの上村ゆうじ議員が「旭川市の乳幼児医療費助成制度は手厚い助成をしている。どこまで支援を拡大すべきか、限られた財源なので基準が必要。各自治体の裁量に委ねるべき、全国一律には疑問」などの反対意見を述べました。
2007年7月11日水曜日
2007年7月9日月曜日
自治体の多重債務者対策強化を のとや繁の一般質問

自治体によっては、福祉や税、保険料の窓口などで多重債務問題を発見した場合に、窓口どうしで連携し合い相談体制をとっているところがあります。
のとや議員は、市の機構改革においても、税や保険料など取立ての機関の統一が考えられているようですが、問題は取り立てをやりやすくすることではない。何故払えないのかなど、背景にある市民のくらしに思いを寄せる、市民の立場にたった機構改革が必要ではないか。市民の相談窓口や多重債務問題の解決に取り組むための連携がはかられる必要があるのではないか。これこそ機構改革の柱にすえるべきではないかと迫りました。
吉田・生活交流部長は、「適切な相談ができないまま、借金返済のための借金を繰り返す等して多重債務に陥るケースも多く見受けられる。多重債務者の早期の発見、早期の債務整理が重要。市民生活と関わりが深く様々な相談が寄せられる福祉部局や、市民と接触することが多く多重債務者を発見する機会の多い、料金や税の徴収を行う部局等から、本市の相談窓口に紹介、誘導できるよう,庁内の連携を強めた取り組みを進めて参りたい」と答えました。
千田・行財政改革担当部長は、「多重債務者とわかった場合には、消費生活センターへの照会や誘導ができるよう連携を深める。より使いやすい、相談しやすい窓口に向けて検討、調整を進めていく」と答弁しました。
コムスン事件と介護保険サービス のとや繁の一般質問

平成19年3月末日現在で、要介護認定者数は15,124人、サービス利用者数は12,437人となっていることや、市内の介護施設の入所待機者数は、特別養護老人ホームが市内10施設合計で2,136人、老人保健施設が市内10施設で237人であることを明らかになりました。
また、旭川市内のコムスンは、訪問介護事業所が210人で4.2%、24時間サービス利用者は30人で、市内全利用者の4.0%であり、影響は多くないことがわかりました。
辻野・高齢者福祉担当部長は、介護保険の国の負担率については、のとや議員の指摘どおり制度の安定運営のため調整交付金の5%を別枠とし、給付費に対する国の交付金の割合を25%にするように要望してきたが、引き続き全国市長会等をとおして国に対して強く要望すると答弁しました。
住民税増税について のとや繁の一般質問

さらに、安部内閣が「骨太方針」に、参院選後消費税を増税し、所得税の各種控除の見直し、法人実効税率の引き下げを実現させていくという方針を盛り込んだ。庶民にさらに増税し、大企業のいいなりに減税する方向であり、所得格差を助長するような税制のあり方について、市長の認識をただしました。
西川・市長は、「近年の税制改正により定率減税の廃止や老年者控除の廃止など、個人負担を増加させる改正がある一方で,法人課税については、税負担を軽減する方向性で議論されている。」「法人税の軽減についても,一方で個人が増税となっていることを踏まえ、慎重な議論が必要である」との認識を示しました。
宮森・市民部長は、「今後、減免措置の周知を図ってまいりたい」と改善を約束しました。
年金問題の相談窓口を のとや繁の一般質問

年金問題について、のとや議員は市民からの問い合わせや相談は多いときで一日三十件にもなることや、旭川市の台帳が廃棄されていることが社会保険庁の事務処理基準の改正によって基づいて行われたことなどを明らかにしました。
また、年金問題は市民の問題であり、長い人生を振り返る仕事、情報の整理なども含めて解決のために手助けが必要、市の相談窓口を開くべきと迫りました。
宮森・市民部長は「市としても市民の立場に立ち社会保険事務所と協力・連携しながら問題解決に向け取組む」と相談窓口の設置を約束しました。
2007年6月23日土曜日
今野大力没後72周年墓前祭と碑前祭

今年は開催にあたり、それぞれの実行委員会から連帯のメッセージを交換し合いました。また、多磨霊園の今野家のお墓が、維持管理する遺族との連絡が途絶え、墓の存続が心配されている中で、遺族探しや存続のための任意団体づくりの課題が急務となっていることなど、今後双方で連携しあうことも報告されました。
写真上は、参加者で記念撮影。下は運営委員会からの報告をするのとや繁。
旭川の大力祭運営委員会代表の能登谷繁は、「今野大力の生涯は、絶対的天皇制権力の弾圧に屈せず、侵略戦争に反対し、平和と民主主義のたたかいであり、また、家族を愛し、花の詩人とも言われたものでした。しかし、旭川の第二師団からイラクへ派兵されたことや、自衛隊の情報保全隊が第二師団にも存在し、市民の活動を監視していることを知ったら、大力はどんなに嘆くでしょうか。再び軍靴が響く街になるのだろうか、旭川市の平和通が師団通に逆戻りしないか、自衛隊員の母はどんな想いでいるのか、さぞかし胸を痛めることだろうと思います。憲法を変えてはいけない、特高や憲兵が蠢く暗黒政治を復活させてはならないと、駆け出したことでしょう。後に続く私たちが、いまこそ大力たちの生きた時代とその闘いを生かす時だと決意し、今度の参議院選挙でも、安倍政権の国民いじめの暴走とそれに追随する勢力にしっかりと審判を下すため、力の限りたたかいたい」と挨拶しました。
今年の碑前祭の詩は、遺品の原稿の中から発見された「たたかひの中に」を朗読しました。大力祭の栞に掲載された大力研究家の佐藤比左良氏の解説では、「旭川から家族を呼び寄せた1933年頃の作品」、「憲法九条を踏みにじり、高齢者や障がい者など弱いものいじめをする者たちを、大力は絶対に許しません」と記されています。
登録:
投稿 (Atom)
