2005年8月13日土曜日

菅原功一旭川市長のリコールの結果について

 旭川市長の「リコールを成功させる会(中嶋晃之代表)」は8月12日、リコール署名の最終到達数を84,639名と発表しました。
 菅原市長の解職請求を成功させる数にいたらなかったことは本当に残念です。猛暑の中、署名集めに奮闘された皆さん、署名にご協力いただいた皆さんに感謝します。
 署名数が有権者の3分の1に到達できなかったとは言え、前回の市長選挙で菅原市長が獲得した6万771票を大幅に上回ったことは、「菅原市長は辞職すべき」という市民の意思が明確にあらわれたものと考えます。



 今回のリコール運動は、政治的な立場の違いを乗り越えた共同の運動として取り組まれ、接触できた有権者の多くが賛同していただいたのが特徴でした。
 また、多くの有権者の方から「今度は許せない」「いったい誰のための市政なのか」「民主が与党だとは知らなかった」などの声が寄せられ、菅原市長と市政に対する市民の怒りが、予想を超えるものでした。
 同時にリコール運動を成功させることの困難さも大変大きなものがありました。せっかく訪問しても、有権者が3人いるお宅でも、1人しか在宅していないなど、多くの有権者には逢えず終いになってしまいました。
 これらの困難や私たちの力不足が重なり、残念ながら必要な署名数に到達できませんでした。
 菅原市長は、昨年に引き続き2度のリコール運動が起きたこと、しかも獲得票を上回る約8万5千人の有権者が署名したことを謙虚に受け止めて、不正、疑惑とされた諸問題について、自ら説明責任と政治責任を果たすべきです。
 能登谷繁は「明るい旭川の会」とともに、引き続き市政の刷新、市民要求の実現、不正と疑惑の究明に全力で取り組んでいきます。

2005年8月12日金曜日

田辺八郎事務所開き

 日本共産党・田辺八郎6区事務所開きが10日夜行われ、100人を超える支持者が集まりました。
 衆院比例候補の宮内さとし氏、6区候補の田辺八郎氏がそろって決意表明しました。
 写真左から田辺八郎氏、宮内さとし氏、司会を務めた能登谷繁。

 宮内氏は、この日旭川市障害者福祉センター「おぴった」のお祭りに参加。「会う人みんなが『障害者自立支援法案が廃案になって良かった』と喜んでいたが、『選挙後に再提出する』との情報に『とんでもないことだ』と怒りをあらわにしていました。私が児玉健次さんの議席を回復し、障害者いじめをやめさせたい」と決意を述べました。
 田辺氏は、「業者運動、旭川市議として中小企業や庶民の要求実現のために多くの仲間とがんばってきた」と延べ、とくに国民健康保険の保険証取り上げをやめさせてきたことや、大型店出店問題などの例をあげ、「市民の生活を守るためには、国政でないとできない問題がある」と、国政革新への闘いの意義を強調しました。

2005年8月9日火曜日

<i><b>夏まつり 炭火と太陽に焼かれ</b></i>

旭川夏まつりに市議会文化スポーツ議員連盟が有志で参加しました。焼き鳥やジンギスカンを炭火で焼き、天からは太陽の日に焼かれながら、夏まつりを盛り上げるためガンバリました。リコールや国政の激動の中でしたが、しばし、議会活動を離れ、汗をかきました。参加されたみなさんご苦労さまでした。
 上の写真はお手伝いの姉妹とともに売り子に励む能登谷繁(左)。下の写真は、おんな神輿に「セイヤー、サァー」と気合をかける、左から能登谷繁、武田勇美市議、藤沢弘光市議。

2005年8月6日土曜日

<b>花火大会でもリコール署名</b>

 8月4日の花火大会の会場入り口でもリコール署名が取り組まれました。
 若い人から年配の人まで多くの人が快く署名に応じてくれました。
 

2005年8月5日金曜日

<b>北海道6区候補に田辺八郎氏</b>

 日本共産党の旭川、上川両地区委員会は8月4日、8月30日告示、9月11日投票も予想される衆議院選挙で北海道6区候補として田辺八郎氏を擁立することを記者会見で発表しました。


 田辺八郎氏は、62歳、現職は、党6区国政事務所長、党旭川地区副委員長。
旭川生まれの旭川育ち、名前のとおり10人兄弟の8番目、朝日小、光陽中、旭商をへて北海道学芸大学旭川分校を卒業。
��961年日本共産党に入党、河合楽器、協栄生命を経て旭川民主商工会に勤務、1977年同会事務局長、1979年から4期、旭川市議会議員を務めました。
��002年の旭川市長選挙に「明るい会」推薦で立候補、善戦しました。

2005年8月3日水曜日

<b>神楽福祉センターのアスベスト調査</b>

  日本共産党旭川地区委員会と同市議団は8月2日、旭川市公共施設のアスベストの使用状況について、アスベストが露出している神楽福祉センターの現地調査を行いました。田辺八郎副委員長、佐々木卓也・太田元美・能登谷繁の各市議、小松晃前市議が視察しました。


 旭川市のこれまでの調査では、?石綿の吹き付け材が露出して使用されている施設が神楽福祉センターを含めて五施設、?岩綿(ロックウール)の吹き付け材ではあるが石綿の含有が確認されている施設が北門中学、東明中学の2施設、?岩綿(ロックウール)の吹き付け材ではあるが石綿含有の確認が必要と思われる施設が学校など12施設となっています。
 この外に、一般公共施設167施設の集計予定は8月5日、学校88校の集計予定は5日、市営住宅全35団地の集計予定は12日となっています。
 今回調査した神楽福祉センターは高齢者の福利厚生施設であり、市内各地の老人クラブなどが利用しています。
 今回の調査で、利用者が必ず使用するロビーや廊下、人が常駐している事務室、ダンス教室などに使用する研修室、障害児の作文指導が毎週行われる図書室などの天井にアスベストの吹き付け材が露出している部分があることが判りました。
 このため高齢者福祉センターは8月8日から全面休館となり、検査や囲い込み工事などが行われる予定です。期間は3カ月必要との見通しです。

2005年7月21日木曜日

<i><b>何故、市長リコールなのか</b></i>

 市長のリコールについて、市民の間で様々な議論が起きています。何故菅原市長は二度もリコール運動をされなければならなかったのでしょうか。長年続いた市民のくらしや地元の経済に冷たい市政運営が、市民の堪忍袋の緒を切ったのではないでしょうか。また、裁判の判決や議会の判断も明確に下っています。これまでに明らかになったことを紹介します。》》続きを読む》》をクリックして下さい。

身の丈を忘れた放漫財政
失業対策やる気なし

 菅原市政になって十年がたちましたが、市民のくらしや地域経済は益々悪くなるばかりです。
 菅原市政はバブル崩壊後に誕生しましたが、新たにおよそ千五百億円の借金を増やし、合計では市民一人あたり約百万円の借金になりました。
 この間に使ったお金は、全国の中核市で一番裕福な愛知県豊田市の次に使いました。
 財政力が全国最低クラスなのに、使ったお金は最高クラス、こういう「身の丈を忘れた放漫財政」が旭川の市政を悪化させました。
 これだけお金を使っても、地元の経済は少しも良くならず、それどころか倒産が相次ぎ、仕事がない市民であふれています。
 菅原市長が独自におこなった失業対策は多いときでも年間一億円程度です。神楽三条通の移転補償は事業認可後わずか半年で十億円増えたのと比べても、失業対策などはやる気がないのがわかります。
 多額の借金をして大型事業に傾倒してきましたが、地元の仕事の確保にはつながりませんでした。
 むだ使いをやめさせ、市民のくらしや地元経済を守る市政に変えることが急務です。
医療福祉の切捨て
選挙公約を守らない

 菅原市政になって旭川の福祉や医療は大きく後退しました。
 お年寄りの敬老祝い金は、それまで七十五歳以上全員に支給されていたものを、二回に分けて改悪し、今は七十七歳だけに縮小されました。
 町内会や市民委員会にお願いしている敬老会の弁当代まで削り、寝たきり老人への声かけ事業も縮小しました。寿バスカードも取り上げようとしましたが、議会や市民の反発で取り下げました。
 医療の分野では、無料だったミニドック成人健診を有料に変え、今年は障害者や母子家庭、老人医療の負担増を行いました。
 また、町内会の資源ごみ回収の助成金を削り、今年は市民委員会の助成金の決算方法を何の了解もなしに変更し、市民の怒りをかっています。
 三期目の市長選挙で、菅原市長は「小学校一年生の三十人学級の実現」や「保育料を二子目以降無料にする」と公約に掲げ、子育て中の市民に歓迎され、わずか二百二十六票差で当選しました。
 しかし、菅原市長はその後三回の予算をつくりましたが、公約を実行しようとはしていません。それどころか、市では二つの公約は実行している課題に分類されています。
 こんな市民に冷たい、公約を守らない市長を見直したいというのは、当然の結果ではないでしょうか。
図面の改ざん、元市議いいなり
税金を不当に支出

 神楽三条通の移転補償の問題は、今年の市議会の検閲検査で新た事実が明らかになりました。 
 菅原市長は、中核市となって都市計画決定の権限を持ちましたが,住民説明会もせずに都市計画変更決定をしました。
 神楽三条通線の南側については、元市議いいなり道路設計を行い、諸規定の改定も知らずに都市計画や道路設計を行い、税金をむだに使ったことが明らかになりました。
 また、市が図面を改ざんしたことも明らかになり、「これらは市議会、北海道、国、税務署までもだます行為であり、国庫補助金を不正にだまし取り,市の税金を不当に支出した。到底認められない不正行為である」、「菅原市長の借金問題などの弱点から,数々の逸脱行為を重ねて移転補償へと至った」と、検査報告書に示されました。
 市議会は「いま,改めて,市長自らが,説明責任と政治責任を明確にすべき」と議決しました。
 しかし、この議会意思が示されたにもかかわらず、菅原市長は何の責任も明らかにしようとはしませんでした。
 こんな市長では、三十六万市民を代表する旭川市の「市長失格」と言わるのは当然ではないでしょうか。
二度の辞職勧告を拒否
民主らが支え続ける

 菅原市長が市長失格と言われたのは今回の神楽三条通の問題が初めてではありません。
 二〇〇二年、菅原市長の三期目の選挙の時、市役所ぐるみの選挙違反が発覚し、助役と水道管理者が辞職しました。市の幹部約五十人が警察の事情聴取を受け、五人の部長が送検されました。
 これはまさに菅原市長自身の選挙であり、市議会は辞職勧告を議決しました。
 また、旭川で初めての百条調査となったサンライズビル問題では、市議会は菅原市長を証言拒否と偽証で刑事告発しました。(現在検察で調査中)
 市議会は二〇〇四年二度目の辞職勧告を議決しました。
 しかし菅原市長は、民主クラブと自民・保守系の二会派に支えられ、二度の辞職勧告を拒否し続けています。
裁判所の判決明確
部下にばかり責任

エコスポ判決
 エコスポーツパーク問題では、一九九九年に市の幹部が自殺したことから問題が発覚し、作ってもいない図面にお金を払ったり、市民の税金を不当に支出したことが明らかになり、住民監査請求や住民訴訟に発展しました。 
 二〇〇四年三月旭川地方裁判所は、菅原市長らに二千八百五十万円の支払いを命じる判決を下しました。
 
念書問題
 東京の会社社長に対し、菅原市長が「大型事業や市の幹部人事は相談して決める」と念書を発行していたとされた問題では、一度は月刊誌を名誉毀損で訴えましたが、市長はいつのまにか訴えを取り下げてしまいた。
 
政治資金判決
 菅原市長が政治資金を私的に流用し、奥さんの高級車や札幌のマンションの支払いなどにあてていた政治資金規正法違反の問題では、後援会幹部が自殺し、後援会事務局長が有罪判決を受けました。
 旭川地方裁判所は判決の中で、菅原市長の私的流用を厳しく批判しました。
 これらは菅原市長自身の問題であり、既に疑惑と呼べる段階ではなく、裁判の判決や議会の判断が明確に下った問題です。
 百条調査は七つの問題があり、既に発覚した問題だけで、十本の指では数えられないほどに膨れあがってしまいました。
部下にばかり責任
 しかし、菅原市長は、問題が起こるたびに、部下にばかり責任を取らせ、市長としての政治責任は一度もとったことがありません。これでは市の職員もついてゆけないのではないでしょうか。